哲学生のブログ

哲学を専攻している大学生がいろいろ考えるブログ。

虚しい

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この虚しさをどう言葉に表したらいいのか。

 

悲しくはない。

ただただ虚しい。

 

小さいころ、人生には意味があると思っていた。

そう信じていた。

しかしどうやら違ったようだ。

 

人生に意味はない。

 

いや、正確には、「人生の意味はわからない」かもしれない。

というか、「人生の意味」がどういう意味なのかさえもわからない。

 

 

自分には何も無い。

慰めてほしいわけじゃない。本当に何も無いのだ。

やる気も無いし、夢も無い。

なんとなく生きているだけ。

 

前までは他人の楽しそうなインスタの投稿を見ると、小さな嫉妬を抱いていた。

前までは、彼女がほしいって思っていた。

 

今では、何も思わない。

どうぞ、勝手にやってください。

 

 

遊ぶのは楽しい。

でも、そんなときでも、心の奥に虚しさが残る。

心はどこか別のところにあるような感触。

 

そんな虚しさには目を向けないようにしている。

虚しさに飲み込まれると、何も手につかなくなるからだ。

 

なぜ、みんな生きていけるのか?

それが疑問だ。

どうせみんな気づいているだろう。

この人生の虚しさに。

 

 

ニヒリズムに陥ってしまったようだ。

ニーチェによると、ニヒリズムに陥った人間は二通りにわかれるらしい。

積極的ニヒリズムと消極的ニヒリズム。

 

積極的ニヒリズムというのは、何も無いことを受け入れる。むしろそれを愛する。そして、「力の意思(人間が本来持っている、力を求める気持ち)」によって力強く生きていく。

 

消極的ニヒリズムはその逆で、簡単に言うなればニートだ。

 

もちろん自分は後者。

だって、「力強く生きろ」と口で言うのは簡単だけど、実行するとなると話は別だ。

何も無いことを愛する?そんなことできたら苦労しない。

 

 

よく偉人たちが言う。

人生の目的は幸せになることだ、と。

アリストテレスも、「人生の最高善は幸福だ。」みたいなこと言ってたっけ。

でもおれは、幸せになりたいと思ったことはあまりない。

 

では、善い人生とは何か。

一番最初に思いついたのが「善い人生とは死ぬときに納得できる人生」だ。

でも、おれはどんな人生でも死ぬときに納得できないと思う。

納得できる人生なんて想像できない。

もちろんニートは納得できないし、普通のサラリーマンも納得できない。起業して成功しても、何をしても同じこと。

そう、何をしても同じことなのだ。

 

 

この虚無怪獣の正体はなにか。

その正体が分かったら、対処の仕方も多少分かるかもしれない。